所長挨拶 /  代表挨拶 /  副代表挨拶

  大人の学問

法学部教授・東北大学無料法律相談所長 水野 紀子

 河上正二教授の跡を継いで、所長をお引き受けすることになった。主観的には年をとった気がしないにもかかわらず、 いつの間にかそういう年齢になってしまったということであろう。先日、「中年」を自称したら、「中年と呼べるのは四十代までで、水野さんはもう初老です」とわずかに年下の学者仲間に言われたが、彼ももうそろそろ初老に突入する頃である。学生時代の恩師の年を算えると、当時の私の目にはすでに初老に見えていた米倉明先生や平井宜雄先生も四十そこそこの若さだったことを知って愕然とする。
 五十代に突入すると、同窓会の連絡が頻繁に入るようになった。学生時代とかわらない容姿を維持した同窓生もいれば、名乗られても見当がつかないほど変貌した者もいる。話し出せば、昔の学生時代に戻ってしまい、「お互い変わりないね」と言い合うことになるが、それでもやはり各人が三十年ほど就いていた職業の影響はあきらかで、それぞれぬぐいがたくその職業特有の雰囲気をまとっている。私もおそらく大学教師の雰囲気を漂わせているのだろう。
 同じ法律家であっても、法律実務家と学者はかなり異なっている。法科大学院で教えるようになった裁判官の友人が、学者たちは学生を相手にするときに無防備であるという感想を漏らしたことがある。実務家は、人格障害者や精神的疾患を抱えた学生を早期に見抜いてしかるべく対応するが、大学しか知らない学者たちは、それに気づかずにまともに対応し続けて疲弊してしまうというのである。たしかに裁判所や弁護士の前に現れる当事者には、昔からメンタルな問題を抱えた者が少なくなかったであろうから、実務家は対応にも熟達しているのだろう。無料法律相談所の活動についても、精神的な問題のある来所者が現れることは予想され、その相手をするこちらはまったく訓練を受けていない素人であるのだから、それが相談所の顧問を務める教師としては、もっとも気がかりなことのひとつである。今のところはすべての来所者に敬意をもって礼を失しない態度で相談に応じることによって、結果的にそのような来所者からも学生たちが身を守れるように願っているけれども、そういう障害や疾病について系統的に勉強するカリキュラムが、相談所の相談業務に就く前提としてやがて必要になるのかもしれない。
 近年、小中学校にモンスター・ペアレンツが現れはじめたように、大学にもコミュニケーションが難しくストーカー等の問題を起こす学生たちが現れるようになって久しい。消費文化が爛熟し、近所づきあいが減り、子育ての環境が変わって、孤立した親子カプセルの中の育児がもたらした影響があるのかもしれない。大学教師の学生対策の苦労も、そういう学生のフォローや被害者の救済に時間をとられることが多くなった。
 八十年前に相談所が創設された頃の日本社会では、地域共同体の規範や拘束力は遙かに強く可視的であって、紛争の形態もおよそ異なっていたであろうし、大学生たちの社会的地位も行動パターンもまたおそらく現代とはまったく違っていたであろう。共同体の良識に、つまり調停委員の人格に依存した解決を目指す家事調停制度の創設は、この時代の常識にもとづいたものであったのかもしれない。戦前まで遡るその時代は、もはや私にもおぼろに想像するしかないが、一世代前の学生紛争については、当事者になるには少し年が足りなかったものの、はっきりと記憶がある。当時の大学教師たちは、もっぱらイデオロギーを切り札にして極端に行動する学生たちを相手にしなければならなかった。私が研究室に残ったときの指導教官は、紛争時の東大総長を務められた加藤一郎先生である。渦中で加藤先生のなさったご苦労は、その最たるものであったろう。加藤先生が東大紛争をふりかえって「壮大 な無駄でした」と述懐されたのを痛ましく思い出す。
 若い学生たちは、イデオロギーに接することで抽象化の訓練を行い、認識と判断のパターンを学んでいく。人間は言葉に拠らなければ認識すらできないので、抽象的な言葉は、人間の認識を整序する力をもつ。イデオロギーを学ぶことは、知的訓練のための不可避の学習過程であって、しばしば刺激的で魅力的な経験である。もっとも、単純なイデオロギーほどわかりやすく力強いが、複雑な矛盾する複数のイデオロギーに寄り添いつつ、自分の思考を中吊りにして、自分の理解に絶えず疑問を突きつけながら考え続けることは、決してたやすいことではない。
 イデオロギーと比較すると、民法学は、妥協と共生の秩序である。「法=正義」といわれるが、民法は短い言葉による正義の対極にあって、むしろ、正義は不可知であるという諦観が、民法学の底にあるように思われる。いいかえれば、民法は、多様で相互に矛盾する多くの正義を内包しているともいえる。数多くの言葉と概念を駆使して、妥協と共生の秩序を作り上げてきた民法は、これもまた広義のイデオロギーのひとつであるのかもしれないが、少なくとも度し難い人間社会を何とか平和裡に運ぶ知恵と技術をローマ時代から蓄積してきた成果である点で、社会にとって安全なものであることは間違いない。そのようないわば大人の学問を学生時代に学ぶことは、発想の出塁基地として、整序された正義とイデオロギーのカタログを若いうちに身につけるようなものである。それは大変に結構なことで あったと、五〇歳を過ぎて、またしみじみ思うのである。

 法相雑誌『欅』巻頭言より 


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  代表挨拶

法学部3年  鈴木 悠祐

 私ども東北大学無料法律相談所は4月から前期活動を開始し、8月に行われた岩手県花巻市における出張相談をもちまして執行部の交代がなされ、この1年間、私が当相談所の代表を務めさせていただくこととなりました。伝統ある当相談所の代表を務めることは、非常に身の引き締まる思いがいたします。お客様の法的トラブルの解決に少しでもお役に立てるよう、そしてご相談に対して親身に、真剣に向き合えるよう、所員一同いっそう法律学の学習に励む所存であります。

 当法律相談所は、お客様のご相談を平日電話で受付をして、土曜日に本学にてご相談への回答を行っております。私たちは事前にお客様にご相談内容をお伺いすることで、お客様のお悩みを把握して、お客様本人の声からでしか伝わらない気持ちを聞き取り、それをもとに誠心誠意お客様の視点に立って思いを巡らせて回答の作成に励んでおります。また、当相談所は、ご相談時間の制限をもうけておりませんので、お客様のお時間の許す限り、納得のゆくまでご相談ください。

 近年、弁護士事務所の方でも無料法律相談が行われていますが、私たちは、学生ゆえの敷居の低さと、時間にとらわれずにお客様と誠心誠意向き合う姿勢、の二つを強みとして、市民の皆様からのご相談を承っております。お気軽にご利用いただけると幸いです。

 最後になりますが、当相談所では学生の判断の他に本学の教授や弁護士の先生のお話(主審)を聞いて頂けるような形をとっておりますが、所長の水野紀子先生をはじめとする、多くの教授の先生方および弁護士の先生方のこのようなお力添えがあってはじめて相談所は運営することができております。そして何より当団体が活動を続けていけるのは、私どもの活動に理解を示し、ご利用くださるお客様のお陰であると感じております。この場を借りて、主審に協力下さっている先生方、そしてお客様方への感謝を申し上げます。また今後とも、変わらぬご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

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  副代表挨拶

法学部3年  櫻井 亮太

 東北大学無料法律相談所では、東北大学法学部の志ある学生による、市民の皆様のための法律相談を行っています。所員は、将来法曹を目指す者だけでなく、民間就職や公務員を目指す者、専門的な資格取得を目指す者などさまざまです。しかし所員全員が一致して、大学で学んだ知識や経験をもとに、時には先生方に教えを乞いながら、納得するまで議論し合い、お客様にとっての一番良い解決法を見つけることを目指しています。

 当相談所は、今年で設立より89年目を迎えています。これは、歴代の先輩方のただならぬ努力の積み重ねであり、そんな歴史ある団体の一端を担うことができるということを光栄に思うと同時に、今度は私たちがその歴史を更新していく番となるということに、たいへん身の引き締まる思いです。

 「法律は知っている者の味方」という言葉を聞いたことがあります。浅はかながら法律相談に関わらせていただく中で、この言葉の意味を実感しました。法は、その意義や内容を知り活用することをしなければ、害になることだってあり、それだけ法の力は強い、ということであると思います。当相談所では、時間をかけてじっくりお客様の相談内容をお聞きしていますので、市民の皆様には法律相談をもっと身近に感じていただき、気軽に足を運んでいただければと思います。

 最後に、私たちの活動が成り立っているのは、所長の水野紀子教授をはじめとする本学の教授の先生方や大学関係者の方々、また活動にご協力いただいている弁護士の先生方、歴代の先輩方、そして、私たちに相談を依頼して下さるお客様のおかげであり、この場をお借りしまして厚く御礼申し上げます。今後とも所員一丸となって、少しでも市民の皆様のお役に立てるよう努めて参りますので、皆様の変わらぬご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上 げます。

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東北大学